さこたつみ【佐古竜巳】のブログ

日々の活動や生活の気になったことを紹介します。

「表現の不自由」考える

反省の気持ち、そして同じ過ちは2度と繰り返さない

過ちて改めざる是を過ちという《「論語」衛霊公から》過ちは誰でも犯すが、本当の過ちは、過ちと知っていながら悔い改めないことである。

 表現の不自由展その後をめぐって、慰安婦像が反日の象徴の様に捉える人たちがいる。今日(8月28日)の地元新聞は神奈川県知事が慰安婦像について「事実を歪曲したような形の政治的メッセージだ」と批判した。という記事を掲載していました。同じ日の赤旗新聞に「少女像に込めた思い聞く」というのが掲載されていたので、紹介します。  

以下、赤旗新聞日刊紙8月28日号の記事より (写真・記事:栗原千鶴)

「少女像」日韓の懸け橋に

 ソウルの平和路に設置された「少女像」

製作の彫刻家キム・ソギョンさん キム・ウンソンさん語る

 28年にわたり韓国ソウルのい日本大使館前で「慰安婦」問題の解決を目指したたかってきた被害者の若かりし日をモチーフにつくられた「平和の碑」(少女像)。製作した韓国の彫刻家キム・ソギョンさんとキム・ウンソンさん夫妻に、少女像に込めた思いや、展示が中断された国際芸術祭・あいちトリエンナーレの「表現の不自由展・その後」について聞きました。

手を取り被害想像して

少女像は1992年1月から現在も毎週行われれている「慰安婦」問題解決のための水曜行動が、1000回を迎えたことを記念して2011年12月に建てられました。日本の一部の政治家や保守系のメディアは、少女像を「反日の象徴」などといいますが、それは違います。「慰安婦」の被害の歴史を記憶し、人権のためにたたかい続けるハルモ二(おばあさん)をたたえ、運動を象徴するためのものです。

 少女像には、ハルモ二の苦しく長かった人生や未来への夢など、すべてをこめました。

韓国社会の問題も

少女の後ろに伸びている影は、ハルモ二の姿になっています。少女の時に動員され、謝罪を受けることのないまま年を重ねたハルモ二の悲しみを表現しました。肩に乗っている小鳥は、平和と自由を象徴し、今もこの地でたたかい続けるハルモ二と亡くなったハルモ二をつなぐ絆です。

 被害にあった当時、朝鮮の女性は長い髪を三つ編みにするのが一般的でしたが、あえて短く、毛先のそろっていないおかっぱ頭にしました。それは大切な家族や故郷から無残に引き裂かれたことを意味します。当初そっと重ねようと考えていた両手は、日本政府が建立を妨害していると聞き、ハルモ二のたたかいを表す握り拳にしました。

 

 擦り切れているはだしの足は、彼女たちの歩んできた人生の険しさを表しました。その足は少し、かかとが浮いています。これは被害者を受け入れることをしなかった韓国社会の偏見と、無策だった韓国政府の無責任さを表しています。

 韓国は、大家族の家父長制でした。被害を受けたことが恥ずかしく、解放後も故郷に戻れなかった人がいます。帰ることができても、家族や親せきにさえ疎まれ、再び故郷を去らざるを得なかった人もいる。被害者が罪人のようにひっそりと生きていかなければならなかったのです。 

 金学順(キム・ハクスン)さんが実名を公表し、被害を告発したのは1991年8月でした。その事実に心を痛めつつも、被害者がいて加害者もはっきりしている、解決はそう遠くないだろうと考えていました。

 しかし2011年1月、水曜集会に遭遇しました。まだ解決していなかったのかという驚きと、そのことを知らなかったという申し訳なさが募りました。集会の主催団体を探し訪ねると、支援者から寄付を募り「平和の碑」建立プロジェクトが進行中で、芸術家としてできることをやろうと決意しました。

再展示求める声に希望

 芸術家たちの表現の自由が守られることは民主主義の基本です。「表現の不自由展」で、少女像が最後まで展示することができれば、日本に民主主義があるということが証明されると考えていましたが、そうはなりませんでした。短い時間でしたが、私が会場にいて感じたのは、日本の市民の成熟した姿勢です。

 説明を熱心に読みメモをとる人や、ハルモ二たちの境遇を思って涙しながら鑑賞する人もいました。多くの人から「展示してくれてありがとう」「反日の象徴だと誤解していた」と声をかけられました。中断している「不自由展」の再開を求め行動する市民もいて、被害者の人権を無視している安倍政権とは違うと感じ、本当にうれしく思いますした。

反日ではなく共感

 少女像の隣には誰も座っていない椅子を置きました。亡くなったハルモ二たちが隣で見守っているよ、という意味があります。そして通りかかった人が、なぜここに椅子があるのかと考え、座って少女像の手を握り、ハルモ二が夢見る平和を想像したとき、この作品は完成します。

 少女像を訪れた人は、暑い日には帽子をかぶせたり、寒い日にはマフラーをまいたりします。手紙を書いてくる人もいます。そこにあるのは「反日」ではなく、つらい人生を歩んできた被害者への共感です。

 安倍政権は憲法9条を変えて戦争できる「普通の国家」になろうとしていますよね。いま、戦争は絶対ダメだという日韓の市民の連帯が大事だと思います。

 少女像がその懸け橋になることを願います。一人ひとりの小さな行動、その小さな炎が、大きな歴史をつくるはずです。

 

    引用終わり

 

あとがき

 戦争とは最大の人権侵害です。

 想像してください日本が戦争して、その後日本にとっていい未来が見えますか?僕には見えません、「普通に生きたい」という人の命や人生を奪うそんな過ちは、けっして繰り返してはならないのです。赤旗新聞の記事を読んで少女像をじかに見てみたいと思いました。この日の1面にも戦争体験者の話が載っていました。こちらも感動しました。真実を伝える新聞赤旗は魅力ある記事がいっぱいです。